Lab. of Kentaro MURAKAMI
ヤナギイチゴ(Debregeasia edulis)が大阪府岸和田市に産する
村上健太郎・上久保文貴
筆者らは,2003年7月に岸和田市神於山での調査中に,イラクサ科の落葉低木,ヤナギイチゴ(Debregeasia edulis)を発見しました(図1).2003年には,個体数の確認作業はできませんでしたが,2004年7月に行った調査では32個体が確認されました.この植物は,これまで府内の植物採集記録をまとめた資料(堀,1962;桑島,1990)には記述がないことから,大阪府で新たに発見された植物と考えられます.府内での他の記録としては,2001年に清水千尋氏による貝塚市三ヶ山町での採集記録があり,これは大阪市立自然史博物館に収蔵されていますが,この個体が現在も生育しているかどうかについてはわかりません.清水氏の記録が府内初記録であるとすれば,筆者らの採集記録は2例目となるものです.
ヤナギイチゴは本州(関東南部以西),四国,九州,琉球から台湾や中国まで分布しています(佐竹,1989).近畿地方にも分布しており,岸和田から最も近い自生地は淡路島の洲本市,南淡町ですが,大阪湾を隔てて約50 kmも離れており,どのようなルートで移入してきたのかについてはわかりません.ヤナギイチゴの果実は,おやつになるほど甘く,鳥類も好んで食べる(堀田,2000)ので,淡路島から鳥が運んできたという可能性はあるでしょう.しかし,近年,園芸品も流通しているため,より近くに植えられた個体があり,そこから移入してきたのかもしれません.
筆者のうち村上は2004年8月に,淡路島へ行く機会があり,その際にヤナギイチゴの産地数箇所を見てきました.洲本市鮎屋,南淡町灘黒岩を中心に約50個体を観察することができましたが,生育を確認した場所は,いずれも林縁などの明るい場所でした.地形としては谷底や渓流沿いなどの比較的湿っている場所に特に多く見られました.樹冠が開けて明るいものの,じめっとした,森林に近いところを好む植物と考えてよいでしょう.また,中にはコンクリートの隙間に根を張っている個体もあり(図2),人間による撹乱にも強い植物であるように思われました.これらの自生地の生育状況から考えると,淡路島ほど自然が残されていない大阪府内であっても,ヤナギイチゴが充分に生育できる可能性は高いでしょう.
淡路島南部は温暖な気候のため,ヤナギイチゴの生育地付近では,サカキカズラやフウトウカズラ,イシカグマ,メジロホオズキなどの多くの暖地性植物が観察できました.神於山にも以前から,カギカズラ,ホウロクイチゴ,フウトウカズラ,タイミンタチバナ,ナンカイイタチシダなど,いくつかの暖地性植物が生育していることが知られており(岸和田市教育委員会,1987; 村上,2004; 中島,1979),タイミンタチバナなどの分布は,大阪府内での北限に近いものです.筆者らの観察によると,これらの種のうち,カギカズラの勢力が近年きわめて強く,最近では斜面全体がカギカズラで覆われている箇所もあります.また,これまでは神於山では記録がなかった暖地性シダのナチシケシダDeparia peterensiiが2002年,2003年にこの周辺で発見されています(村上,2003).ヤナギイチゴも亜熱帯域を分布の中心とする暖地性植物であることを考えると,これらの現象は偶然ではないようにも思われます.近年いくつかの植物について分布北限北上の可能性が指摘されている(岩槻,1998; 中嶌,1998; 村田,1998)ように,地球温暖化などによる気候変動の影響なのかもしれません.今後は,より詳細な調査を行い,さまざまな側面からこの仮説を検討したいと考えています.
本稿を執筆するにあたり,元大阪市立自然史博物館学芸員(現人間環境大学助教授)の藤井伸二氏および近畿植物同好会の平野弘二氏,清水千尋氏には,多くの情報を提供していただきました.兵庫県立人と自然の博物館研究員の鈴木武氏,布施静香氏および大阪市立自然史博物館学芸員の岡本素治氏,佐久間大輔氏には博物館収蔵標本閲覧の際に便宜を図っていただきました.ここに記して感謝の意を表します.
引用文献:
堀勝, 1962. 大阪府植物誌. 六月社, 大阪.
堀田満, 2000. ヤナギイチゴ. 週刊 朝日百科 植物の世界89(大場秀章編). pp. 134-136, 朝日新聞社, 東京.
岩槻邦男, 1998. 地球温暖化と日本の植物. プランタ, 58: 4-12.
岸和田市教育委員会, 1987. 神於山の自然. 岸和田市教育委員会, 大阪.
桑島正二, 1990. 大阪府植物目録. 近畿植物同好会, 大阪.
村上健太郎,2003. 岸和田市神於山周辺で見られるナチシケシダについて. Melange, 2(4): 6.
村上健太郎,2004. 岸和田市神於山における林床性シダ植物の種多様度,種組成に影響する要因. きしわだ自然資料館研究報告, 1: 1-10.
村田源,1998. 気候温暖化現象の現われか? -最近京都で見つかった南方に広く分布する植物の例-. プランタ, 58: 13-15.
中嶌章和,1998. よく目につくようになった亜熱帯・熱帯要素の植物. プランタ, 58: 16-17.
中島徳一郎,1979. 岸和田の植生と植物相. 岸和田市史 第一巻(岸和田市史編纂委員会編), pp. 105-146. 岸和田市, 大阪.
佐竹義輔,1989. イラクサ科. 日本の野生植物 木本I(佐竹義輔・原寛・亘理俊次・冨成忠夫編), pp. 94-95, 平凡社, 東京.
※このコラムは、きしわだ自然友の会誌Melange15号(4巻2号):3-4. (2005)に掲載したものを一部改変して再掲しました。
図1. ヤナギイチゴは一見するとヤナギ科植物のようだが(右),草本植物のカラムシなどと同じイラクサ科に属する.葉脈や白い綿毛が密生する葉裏のようすはカラムシに似ているが,葉は細長い(左).
図2.コンクリートの隙間に根を張るヤナギイチゴ