top of page

モエジマシダ(Pteris vittata

村上 健太郎

 近畿地方に住んでいて、モエジマシダ(Pteris vittata)を知っている方というのは、かなりシダ通な方かもしれません。というのは、近畿地方ではまだあまり見られるシダ植物ではないからです。しかし、イノモトソウやマツザカシダのなかまと言えば、形をイメージできる方もいらっしゃるかもしれません(図1)。図1のモエジマシダは小さな葉ですが、大きなものでは葉長1.5 mにもなります。葉裏の縁に胞子嚢群がつく特徴は、このなかまに共通のものです。

 モエジマシダは、台湾、フィリピンなど世界の亜熱帯地域に広く分布するシダ植物で、日本では琉球地方などで見られます。しかし、本州で見られる個体は自生ではないようで、温室などから逃げたものだろうと考えられています。

 

 近畿地方(和歌山県)でのモエジマシダの記録については山本修平さんがまとめられていますが(しだとこけ、16巻2号: 17-19. 2000)、これによれば、1950年代に初めて和歌山県南部の白浜町で見つかったそうです。そして最近になって急にモエジマシダの記録が増えているそうで、以前は白浜でしか見られなかったこのシダが、1999年には60 kmも北の和歌山市内で見つかったそうです。しかし、この傾向は実は全国的に起こっていることで、兵庫県宝塚市、愛知県安城市、神奈川県横浜市でも急にモエジマシダが現れたという報告が出ていることがわかってきました。更に、昨年の秋、私は大阪市(此花区)でも1000個体以上はあるのではないかというモエジマシダの大群落を石垣で発見しました(図2)。

 

 日本の本州南岸にある都市部で、次々と新しい記録が出てくる背景は謎ですが、一つ考えられることは、地球温暖化やヒートアイランド(都市部の気温がその周辺の農村・森林地域に比べて高温になる現象)などによる気温の上昇です。モエジマシダは本州よりも南の亜熱帯地方には、世界的に広く分布していますから、気温が上昇してくれば、これらの地域の個体が何らかの方法で入ってくることが考えられます。また、モエジマシダは石垣を好む植物(図3)ですが、こうした環境は都市部にもよく見られ、日光に暖められた石垣はこのシダの恰好の生育適地を提供しているようです。大阪市の年平均気温はこの100年間で約2℃上昇し、特に冬の気温上昇が著しいと言われていますが、冬が寒くならなければ、偶然に入ってきた熱帯~亜熱帯の生きものも冬を越してしまい、大阪に定着することが可能になります。モエジマシダもそういう例ではないかということなのです。モエジマシダの場合は、温室などから逃げてきた可能性が高く、人間が分布拡大のお手伝いをしていることは間違いないでしょう。しかし,現在の大阪の気温で、モエジマシダが元気に生きているということもまた事実なのです。気温の上昇が止まらなければ、モエジマシダが、これからどんどん大阪市の周辺で発見される可能性があると思います。

 大阪市のど真ん中に入ってきた南方系シダ、モエジマシダの大群落を見ると、身近な生物にも温暖化の波がひたひたと近づいているのを感じます。

※このコラムは「都市と自然」393号: 12(2008年)に執筆したものを一部改変したものです。

モエジマシダとイノモトソウ2.jpg

図1. イノモトソウ(上)とモエジマシダ(下)

図2.JPG

図2.大阪市此花区で確認された大群落のようす

R0017396.JPG

図3.石垣の隙間から生えるモエジマシダ(鹿児島中央駅付近)

bottom of page