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ヘビノネゴザ(Athyrium yokoscense

村上 健太郎

 「蛇の寝茣蓙」という名まえを一度聞くと,忘れることはなさそうです.ヘビノネゴザの和名の由来は,「群生した株の間に蛇がとぐろを巻いている姿を思ってつけられた名前」(岩槻邦男編『日本の野生植物シダ』平凡社)だそうですが,ジメジメした林床に多いシダ植物のイメージにぴったりですし,ちょっとおどろおどろしい雰囲気でもあり,印象深いネーミングです.しかし,名まえのインパクトに比べ,姿かたちは地味で,よほどシダ植物に興味がある人を除いては,この植物を見分けられる人は,案外,少ないかもしれません.この植物はイワデンダ科に属し,イヌワラビと同じ属ですが,シダ植物の中でも見分けるのが難しいなかまの一つです.

 私はシダ植物の勉強を始めて7年になりますが,意外にこの植物に出会うのは遅かったように思います.この植物は,日本では北海道から九州南部にかけて広く見られますが,やや寒い地方に多く,大阪では,「どこにでも生えている」というほどは多くないように思います.私は京都市や大阪府内の神社林で植物の調査・研究をしてきましたが,神社林の林床では見かけることが少なく,日本庭園や路傍の石垣などで,しばしば見かけました.また,近畿植物同好会の合宿で奈良県南東部の和佐又山や小普賢岳を散策したときに,崖地に生えたヘビノネゴザをたくさん見ました.両者は,あまりに環境が違うので,別の種類かも?と思ったくらいですが,じっくり調べてみると,どちらも同じだったので,驚いたのをよく覚えています.山地の崖と都市の石垣は,かなり違った環境に思えますが,シダ植物にとってみると,どこか似た環境にあるのかもしれません.そういえば,山地の崖に生えるイヌシダやウチワゴケなどのシダ植物は,都市内の石垣でも,ときどき見ることがあります.

 和佐又山・小普賢岳の散策以降,しばらく,私は,ヘビノネゴザの大きな群落に出会うことはありませんでしたが,2007年5月に,今までに見たことないくらい,たくさんのヘビノネゴザに出会いました.場所は,兵庫県朝来市の生野銀山です.生野銀山は鉱山としては1973年に閉山していますが,ここには現在,観光坑道や博物館があります.この坑道の出入り口付近の岸壁や銀山内を流れる大谷川の河畔が,ヘビノネゴザでいっぱいだったのです.

 

 ヘビノネゴザは,別名で金山草(かなやまそう)と呼ばれるほど金属鉱床が大好きです.他の植物が生育できないような重金属で汚染された場所でも耐える力を持っており,また重金属を体内に吸収する植物として知られています.このシダの存在から逆に鉱床をさがすときの目安にもなったというほどの植物だそうで,生野だけでなく,足尾銅山(栃木県)や多田銀山(兵庫県)などでも,ヘビノネゴザが多く見られるようです.植物を重金属汚染土壌に栽培して,土壌を浄化する技術のことをファイトレメディエーション(phytoremediation)と呼び,近年研究されていますが,これに利用できるかもしれない植物として,ヘビノネゴザも注目されているようです.まだ,十分に研究されておらず,その特性が知られていない植物の中にも,ヘビノネゴザのように,人間にとって有用な力を秘めた植物があるかもしれません.

※このコラムは「都市と自然」393号: 12(2008)に執筆したものを一部修正して掲載したものです.

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写真1. 路傍に生えるヘビノネゴザ(京都市)

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写真2.生野銀山のヘビノネゴザ群落

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写真3.寒冷地の建造物間隙はヘビノネゴザでいっぱい(山形県酒田市撮影)

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